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久米均さんのISO観(1)

19931117kume.jpg1993年11月17日、某新聞社の編集マンだった頃、当時東京大学の教授だった久米均さんにISO 9000の規格及び制度について話を聞いた。ちょうど同年11月1日に日本の認定機関としてJABが設立され、久米さんはその認定委員会委員長に就任したばかりだった。この時の取材記事を抜粋して何回に分けて紹介したいと思う。
(写真は取材当時の久米さん:東大の久米研究室にて)

今回の久米さんの話の中に出てくる「諸刃の剣」「紙くず製造システム」「義務教育」といった言葉は、久米さんがISOの比喩として最初に使ったかどうかは分からないが、久米さんが使ったことでポビュラーになったことは確かである。


ISO 9000は「諸刃の剣」


質問 久米先生のISO 9000規格に対する評価はあまり高くないように思えます。1992年4月に東京で開催されたPACS(アジア地域の標準化会議)では「品質のベースは固有技術であり、その技術を改善するにはTQCが、そのシステムを維持するにはISO 9000規格が有効」と発言されていますし、また、1993年に発行された著書「品質による経営」(日科技連出版社)の中でも、ISO 9000規格について、「static(静的)で発展性に乏しい」「新しい品質システムの創造という観点からは限界がある」といったコメントをされています。ISO 9000規格は「維持」には向いているが、「発展」には向いていないということでしょうか。

久米 私は、ISO 9000規格を否定しているわけではないが、これだけで品質が良くなると思ったら間違いです。これだけではだめです。日本人は隣を見て、慌ててワーッと飛びつくところがあるが、第二次世界大戦から今まで営々と築いてきた日本の品質管理を放り出して、すぐに新しいものに飛びつくというのはまずいと思う。ISO 9000規格も一つの道具ですから、いかに上手にこのシステムを作り、使うかというところが大事なのです。これに、うーんとお金と人をかけたら、いい製品ができるかというと、そうじゃない。あくまでオーバーヘッド(間接経費)ですからね。間接というのは「諸刃の剣」なんです。上手にやれば非常にシャープだが、変なことをやるとラインのみんなが迷惑する。うっかりすると、「紙くず製造システム」になってしまう(笑)。

質問 「ISO 9000規格だけではだめ」という点を、もう少し説明していただけますか。

久米 私はデミング賞の審査を20数年前からやっていますが、これは大変勉強になります。企業の叡智がすべてそこに出てくるからです。ISO 9000規格の審査とデミング賞の審査の違いは、前者はまず規格があって、その規格通りにできているかどうかを審査しますから、受審するほうは比較的簡単なんです。試験問題があって、その中から出るんですから(笑)。ところが後者は博士論文試験のようなものです。何を書いてもいいんです。もちろん、評価の仕方も主観的な部分がある。しかし、すばらしい論文が出てきますね。企業の叡智が出てくる。私はそれを大切にしたいのです。ですから、ISO  9000規格は、まあ「常識」ですね。「義務教育」(笑)。これを目安にしてもっと自分たちに合った、もっと効果的なものを作らないとね。▼(取材日:
1993年11月17日)
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このページは、中尾優作が2010年8月18日 21:04に書いたブログ記事です。

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